私がDTPの世界に飛び込むまでの道のり②

広告

私がDTPの世界に飛び込むまでの道のり②

のほほん短大生時代、思いつきで就職した会社。
この後、4年間お世話になることになります。

就職した会社

就職した会社は、社員数100名程度の中小企業でした。カーペットやラグの製造販売で、数年前まではバブル期ということもあり、当初はその名残とも言える空気がまだまだ残っていました。

数百万円もするような海外製のカーペットや玄関マットが飛ぶように売れていたと言います。ショールームには誰が見ても高級とわかるような商品がズラリと飾られ、倉庫にはどこの国から仕入れてきたのかわからないような、珍しい織物やタペストリーなどが、誰の目にも触れることなく無造作に積み上げられていました。

広告

はじめての仕事

私が配属となった企画デザイン室のメンバーは、私を含めた新人2名を加えた総勢10名でした。当時60代前後のチーフデザイナーを筆頭に全員女性。

主な仕事内容は、カーペットやラグのデザインはもちろん、紡績メーカーやそれを取り持つ商社との打ち合わせ、市場調査やトレンドの把握、大手家電メーカーやインテリアメーカーへのプレゼンテーション、工場への支持や立ち合いなど。全て自分達でやらなければなりませんでした。

社内の様子

お気楽生活から一転、大変なところへ来てしまったというのが最初の印象でした。それでも4年間なんとか続けられたのは、優しい先輩方や同期の存在でした。

チーフは社長や他の社員からの信頼も厚く、一目を置かれ頼りにされていました。ただ自身の意見や感情をはっきりと表現する人で、キツイ印象もありました。けっして悪気があるわけではないけれど、週2日のチーフ出勤の日は、朝から空気がピリピリしていたのを思い出します。何があったのか、こっそり泣いている先輩もいました。私もできるだけ距離をとるように心がけていました。

先輩方は、オロオロしている新人への気遣い、仕事のフォローや丁寧な指導などにも厚く、今思えば人間的によく出来た方が多かったように思います。女性ばかりでしたがうまくバランスの取れた仲の良い関係でした。

実際仕事をやってみて

仕事の流れもしだいにわかってきた頃から、徐々に一人で担当を任されるようになりました。今まで何をするにも、先輩を頼りにしていましたが、これからは自分が主になって仕事を進めなければなりません。クライアントや取引先との打ち合わせはもちろんのこと、工場への指示やトラブルの処理など、だんだん責任も方にのしかかってくるようになりました。

私が一番ストレスに感じていたのが、何といってもクライアントへのプレゼンテーションでした。毎年1月~4月頃は、市場調査やトレンド把握がメインの業務となります。そして会議を繰り返しながら方向性を決定します。内容を資料にし、いよいよクライアントにプレゼンテーションすることから、今期1年間のお仕事かスタートするわけです。

学生の頃から人前で発表することが大の苦手。おとなしく目立たずの私にとって、発言を求められる社内の打ち合わせですら憂鬱な気持ちでした。そんな私が、会議室に集まったスーツ姿のおじさま達を前にプレゼンテーションをするなんて。想像しただけで手足が震え、恐怖以外の何ものでもありませんでした。

この頃から徐々に転職を考えるようになりました。一刻も早く今の状況から逃れたい、そう思うようになったのです。

学んだこと

広告